公演アンケートで「毎回、食べるシーンと歌うシーンがありますが、わざと入れてるんですか?」との質問がありました。歌の方は偶然なんですが、食べるシーンは毎回意識して入れるようにしています。「日常」や「非日常」、「生活」や「関係性」などが、食べるシーンには滲み出るような気がするので。旗挙げ公演の「父の骨」では父親の死によって10年ぶりに顔を合わせた3兄弟が全員バナナが大好物、という設定でした。リビングのテーブルにバナナが房で置いてあって、それをそれぞれが違うシチュエーションでつい食べてしまう、というような。
久しぶりに会ったにもかかわらず、弟が兄に金の無心をする場面で兄が食べていたのはカップラーメン。ラスト近くで初めて兄弟3人で飲むビール&つまみの「甘栗むいちゃいました」。って、結構食べてばっかな芝居ですね、コレ。私の初戯曲でもあり、未熟ですが思い出深い作品です。ちなみにこの作品での歌シーンは、兄に借金を断られた後、バイトをしながらバンド活動を続けているのに全く芽が出ない「終わっちゃってるロッカー」である弟の知也が(この作品では役者の実名を役名にしてました…)部屋で一人ジギーの「グロリア」を歌うシーンがありましたね。増田はいまだにビデオでこのシーンになると恥ずかしくて止めてしまうんだそうな。
第二回公演「蟷螂」では、刑務所内という設定だったので、食べるシーンは1ヶ所のみ。休憩時間に行列が出来るほどの人気、と評判の「大納言つぶアンパン」を休憩中刑務官達が食べるシーン。このアンパンはラスト近く、死刑執行の朝の休憩室にも登場します。食べませんが…。この作品での歌シーンは、ビートルズ好きの教誨師(死刑囚に宗教の教えを説いて死の恐怖を和らげる役割を担った僧侶や牧師)が、死刑囚にせがまれて歌う「ヘイ・ジュード」。この歌は通常面会時と執行直前の2度、全く違うシチュエーション、心情で歌わなければならず、役者は大変だったようです。
で、第三回公演「garden」。これはもう餃子ですね。舞監と相談の上、始めはIH調理器でやっていたんですが、焦げ目の付き方や、音の臨場感がイマイチで、やはり思い切って本火で、という団員と「そこまでする意図が分からない」と慎重な意見の舞監とで話し合い、最終的に「危険な本火を使う、という意識を全員が常に持つ」という認識の確認を経てやっと舞監のOKが出たワケです。もちろん、消防の許可申請の書類を提出したり、客席と舞台の距離を1メートル離さなきゃいけなかったり、と面倒な作業がたくさんありました。今回、舞監がプロだなぁ、と思ったのは、本火でいく、と決定してからは、いかに上手くそのシーンを成立させるか、に集中してくれて、(反対だったにもかかわらず)舞監なしではあのシーンは絶対に成立しなかっただろうと思っています。稽古は調理室をとって、実際に焼きながら台詞を入れて、どのタイミングで油を入れて、どのタイミングで水をさすか、蓋をとるか、を何度もやりました。何気なく焼いているように観せているんだけど、実は全てを綿密に計算して創っています。中身によっても焦げ目が変わってきちゃうんですよね…。中身は当然生じゃマズイわけで、餃子の具ではありません。マッシュポテトと炒めた挽肉、玉葱をゴマ油、生姜、等で味付けしたもの。舞監オリジナルです。これがまた激ウマで、毎回稽古の度につまみ食い続出!。公演後、会場内に残っていただいたお客様にお配りしましたが、「美味しい!」と評判でした。結果、本火でやって良かったです。臨場感が全然違うし、簡単には実行できないことに敢えて挑戦する意味でもこの経験は財産になると思っています。……でも、正直、緊張しました。火事とか出さなくてホントによかった…。
今後も「食べるシーン」は必ず入れていきたいと思っています。次回作にもご期待下さい。
↑と、まとめちゃいましたけど、「garden」にはナンを食べるシーンもありましたね。お客様より、「インドじゃないのにナン、食べるんですか?」と聞かれましたが、イランでも主食としてナンを食べるのが一般的なのです。