悲しいしゃぶしゃぶ事件

仲良し家族の中に一人だけ他人が入ると、その他人を気遣うあまり存在を忘れてしまうことってあるみたいです。美味しいしゃぶしゃぶをご馳走になりながら、「悲しいしゃぶしゃぶ事件」を思い出しました。

その事件は10年前くらいに起きました。当時の婚約者の家の夕食に招かれた時のこと。メインメニューはしゃぶしゃぶでした。彼のご両親と妹さん、私達、が揃ってテーブルを囲み、なごやかな雰囲気で乾杯。
皆さんにニコニコと話しかけて頂き、「なんていい家族なんだろう」と感激していた矢先の出来事でした。

しゃぶしゃぶの鍋が沸騰し、やっと肉をしゃぶしゃぶできる段階になった時、彼のお母様が「最初だけ私が入れるわね、お肉」とおっしゃって、順番にみんなの小鉢へお肉を取り分けてくれていたんです。私、以外の。鍋に何もなくなって「次は野菜ネ」と野菜も取り分けて鍋に蓋をし、「さぁ、食べて食べて!」という号令のもと全員が肉を食べ始めました。私、以外の。こういう時、ヒトはどうしたらいいんでしょうね?食べてと言われても私の小鉢には何もなく、鍋には蓋が、他のメンバーはこの「事件」に全く気づいてないのです。
皆さん、穏やかな笑顔で上品にお肉を味わっていらっしゃる……。ひょっとしてこれは何かの「ごっこ」なのか?と目でそれとなく訴えてみましたが、誰の眼中にもないんです、私の存在が。悪気は全くないにもかかわらず、本当に存在を忘れられてしまったのでした。

しゃぶしゃぶを頂くために座っているテーブルで、ボーッと何も入っていない小鉢を見つめる他に術はなく、居たたまれなくなった私は失礼を承知でトイレに立ったのでした。ちょっと長めに。「戻ったら肉か、最悪野菜だけでも小鉢に存在していますよーに!」と、祈りにもにた気持ちで恐る恐る戻ってみると……。小鉢には肉と野菜の両方が存在しており、心底ホッとしました。

お母様は優しい笑顔で「遠慮なくどんどん食べてね、若いんだもの」などと声をかけて下さり、何事もなくお食事会は終了したのでした。

この、「一瞬だけど透明人間化した私」について帰り道彼に話しをしたところ「そんなの気のせいじゃないの?君だけ外すなんてあり得ないよ」とムッっとされちゃったんですが……。

後日、この話を聞いた男の親友は「そりゃー確かに悲しいわナ!」と爆笑。
「悲しいしゃぶしゃぶ事件」は、数ある私の「悲しい話リスト」のトップ10内に入るエピソードとなって、誰かにしゃぶしゃぶをご馳走になるたびに顔を出してくるのです。

戯曲を書くようになって、この「他人が入ることによって浮かび上がってくる無自覚な仕打ち」の面白さに気づきました。実際、次の本でもやってるんですが。

どんな経験もネタに出来るところが作家のうま味だなぁと、つくづく思います。

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